帰途

呼吸するには、まず吐いて。
わたしたちには酸素が必要です。声を出すための。肺の底、わずかに残った息を吐きだして、それから吸ってください。

街に点在する灯台でさえずりの軌跡をみたことがあるでしょう。はじめはなぞるだけ、つぎにかたちをおぼえて、いつのまにか自然とさえずるようになる。みんな。
わたしたちはどうでしょうか。
遠ざけた夜のはなしを聞かせてください。

環状線にかかる橋のうえにとどまっていました。石が冷たくて、硬くて、雨が降っていて。ファミレスには入れてもらえなかった。夏だったのに、夜明けには凍えました。風邪ひくよ、と声をかけてくれた彼も行き場はなかったのでしょう。瞼をおろして、それっきり。わたしたちは子どもだった。

わたしたちはわたしたちの夜について語りました。どこにでも開かれている窓で、ときに白い鯨のうたや、数多のさえずりに耳を傾けてきた窓で。転んだぼくの、わたしの、わたしたちの、一人称を洗い流し、差し出されたばんそうこうの祈りによって。

わたしたちは、紐づいた細胞に呼吸を分けあたえながら、ひとり分の空白に辿りつきました。くたくたのシーツに顔をふせて、かつて、なにものかになるために薄めた夜を、呼び戻しました。しずかに。時間をかけて。ぎこちないさえずりが聴こえますか。けしてととのっているとはいいがたい、さえずり。

いまは、うすい壁越しに大陸のことばを聴いています。くりかえされる発音練習。上がったり、下がったり、音のゆるやかな運動。わたしたちはなぞります。あふれてゆく音階を。口をあけて、まー、と声をだします。マー。重なり合うように雨音が、屋根の上を通り過ぎてゆきます。

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